沖縄の行事
十六日祭
■十六日祭はグソウの正月
旧暦1月16日には十六日(ジュウルクニチー)祭が行われます。
この十六日祭は、「後生(グショウ・グソウ=あの世)の正月」「仏の正月」 また、
「正月祝い」などといい、盛大に祖先供養を行います。
その由来として、琉球王国の時代に、ある家来が正月1日から15日までは
城内の諸行事をすませ、 十六日には故郷の父母へ年頭の挨拶のため帰郷したが、
両親はすでに帰らぬ人となって、 墓参りして念頭の辞を墓前で述べたのが始まりとも言われます。
旧暦1月14日がいわゆる「小正月」で、翌15日には松飾が取れ、生きている人々の
正月行事が終わります。
その間は神様がいて神聖な時期ですので、不浄を避けて身を慎んでいましたが、
十六日になってはじめて墓参りが許され、後生の正月として先祖を祭ると言うわけです。
■各地域の十六日祭
この十六日祭は、沖縄のほとんどの地域で行われています。
ただ、場所によって次のような違いがあります。
- 墓参りをするところ
- 家庭で仏壇を拝むところ
- 前年の正月十六日以後になくなった人のある家が墓参りするところ
- 墓に通ずる道のそばや野原などで祖先の供養をするところ
中でも特に沖縄本島北部、宮古、八重山では清明祭以上に盛大に行うところもあります。
そのなかでも八重山や宮古では、正月には故郷に帰れない人でもこの十六日祭だけは 何があっても参加し、普段会わない人達と旧交を温め歓談に時を過ごします。
この日、沖縄本島の島尻では、門中墓に一族がそろって参拝し、花や酒肴を供え、
紙銭(ウチカビ)を焼き、歌や三味線で祖霊を慰めます。
那覇、首里、本当北部の今帰仁あたりでは、「ミージュールクニチ」「アラジュールクニチ」あるいは 「ミーサ」といって、重詰料理を墓前に供えて、親族や知人が集まって祭りを行います。
(二年続けて行うところもある。初回を新参り、二回目を又参りという)
昔は、廻り灯籠又は巻香を墓の入口の両側に吊るし、餅や肴のお重を供え、
身内や知人が焼香をして墓前祭を行いました。
終わると灯籠を焼いたといいます。
|